月夜見
 “片見月は縁起が悪い”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
神様が出雲へ集まってしまうという神無月へ暦が変わって、
秋もいよいよそれらしく深まりつつあるものか。
菊でも咲こうかという級で、晩の冷え込みもぐっと強まっての、
うっかり単衣(ひとえ)の身で 朝早い町なかを出歩こうものなら、
クシャミが止まらなくなったほど。

 “いけねぇな、いつの間にこんなやわに なっちまったんだか。”

さすがに陽が昇った真昼ともなれば、
まだまだ少しは温みの濃い張りのようなものも感じるが。
そろそろ、一雨ごとに寒さも増してくのだろう時期へ、
いつでもなだれ込みそうでもあって。
そんな案配で寒さが増せば、
外へと出るのにも億劫さが増すもの…と思うのは、
懐ろ具合が豊かなお人。
寒空に冷えた身を暖めようと、
酒を呑むにも温かい鍋をつつくにも、
それなりの“おアシ”が要るというもので。
真っ当に働いて、稼ぎなり蓄えなりがあればいいが、
そうもいかないクチなれば。
大急ぎで職を捜しの、
それが間に合わぬほどの急なことなら、
しょうがねぇなと
なけなしのお宝抱えて質屋へ行くのはまだマシな方。
しょうがねぇなと、
手ぬぐいで頬かむりをしての夜働き…なんて奴も、
いないとは限らぬ、ここんところのご時勢なので。
岡っ引きの夜回りも、
寒いから早じまいしましたなんてのは理由にならぬ。
うっかり見逃しましたでは済まない事態を防がんと、
日頃よりも念を入れて気張りませいとのお達しが回っており。

 “そうは言われてもなぁ。”

こちとら、陽が暮れると眠たくなるってぇ、
それはそれは健全な身の上だから。
こっちこそ昼より用心が要るという理屈は
重々判っちゃあいるけれど、
昼の番を続けてやるから、
夜回りの連チャンは勘弁してほしいなぁなんて。
胸の内にてぶうたれておいでの、
麦ワラの親分さんだったりもするらしい。

 「………お。」

そんな不平が一瞬だけ吹き払われたのは、
頭上の雲が晴れ、群雲の間から、するするするっと月が姿を見せたから。
そういえば、そろそろ十三夜ではなかったか。
九月の十五日前後にやって来るのが中秋の名月ならば、
その翌月の満月を“十三夜の月”といい、
日本独特のことながら、
中秋の名月と対の“後(のち)の月”とも呼ぶのだそうな。
しかもこの、対になってる二つの名月、
同じ場所で観賞しないと、
片見月の“片見”が“形見”に通じてしまい、
何とも縁起が悪いとされているとのおまけつき。

  ………で

月見自体は中国からやって来た習わしだが、
日本独特の“のちの月”なんてのが
外しちゃならぬ 対になってるのはどうしてかといや。
ぎりぎりで月見に向いてる気候案配だからというのもあるが、
それ以上に、

 『遊郭なんぞで、十五夜に座敷へ上がって月見をした客へ、
  太夫が“片見月は縁起が悪いでありんす”なんて言って、
  次の月もまた座敷へ来いと呼びつける口実にしたらしいぜ?』

なんてこと、わざわざ教えてくれたのは、
確かサンジじゃなかったか。

 “そいで、何でだかゾロが怒ってたんだっけ?”

あれって何が腹立ったんだろな。
俺のほうが物知りなのが詰まらなかったのかな?
でも、ゾロも“片見月”の話そのものは知ってたみたいだったしな。
何でもサンジに訊いてるのが、
自分じゃあ頼りにならんのかと頭に来たのかな?
でもでも、そうそういつも見つかる奴じゃねぇもん、
そこを怒っても筋違いってもんだよな。

 「♪♪♪♪〜♪」

途中まではといえば、
この寒いのに眠いのに、
夜回りなんてうざったいよなぁなんてな
不平だらけだったはずの誰かさん。
それが、誰かさんの話を思い浮かべ始めたら、
何でなんだか どんどんと、
胸の奥とか、腹の底とか、ほかほかのポカポカになってって。
口許もたわんでの落ち着きないまま、
柳が揺れる川端を、
もう虫の声さえ聞こえないほどの寒さがまかり来ているというに、
軽やかな足取りで すたたんすたたんと通り過ぎかかった親分さんだったが。

  「  ……………んん?」

一旦、何事もなかったかのように、通り過ぎかけた橋のたもと。
だがだが、その足がつと止まり、
何か変だったよなと通過した風景を振り返るところが、
さすがは十手をあずかる身の親分さんで。
今通ったそのまんまを逆さ回しにするかのような後戻り。
後方注意のバックオーライと、(あ、しまった和物なのに…)
かかとから わっせわっせと後戻りをしての、
橋のたもとへまで戻っての それから。

 「あれれぇ? っかしいなぁ。」

まだまだ童顔、真ん丸なお顔を、おやおやぁと左右に傾げると、
鹿爪らしく眉を寄せ、

 「さっき何か見えたんだがなぁ。」

橋の下へサササッと隠れた影が確かにいたような。
月夜なのでと提灯もないままの身、
しまったなぁと懐ろに手を入れ、
一見、真ん丸な印籠もどき、
実は蛇腹になっているのを縦へと延ばせば、
短い筒の湯飲みにも似た、たもと提灯を引っ張り出したその折だ。

 「…てめぇ、調子ン乗ってんじゃねぇよっ!」

月があっても夜は夜。
暗がりの中、
頭の上やら輪郭やらが、白く照ってるのしか見極められぬ人影が、
体を丸めて一気に突進して来たものだから。

 「え?え?え?」

そんないきなり、攻撃的な態度で突っ掛かられてもなと、
それでも腰を落とすと、提灯は放り投げての十手を構えて、
何を持って突っ込まれても受け止められるよう、
態勢を整えたそんな親分さんの視野を
これまた素早く ささっと塞いだものありき。

 「え?え? え?え?え?」

月が陰ったようでもないまま、
何が何やらと、ただでさえ大きめの双眸、
ますますのこと見張っておれば、

 「せいっ!!」
 「どあっっ!!」

気合いのような声の後、ガツンという堅い物音と悲鳴が上がり、
ばたばたっという足音の乱れ入り混じりな気配が畳み掛けてから。

  ……あれよあれよとは正にこのことか

満月が間近い月の前を、
薄紙のような群雲がよぎって行ってはちらちらと。
明るくしたり陰らせたりを繰り返していた、
そんなせいもあっただろうが。
足元へと転がった何かがギラリと光って、
それへとギョッとした親分だったのも束の間。
やはり逆シルエットとなった人影が、しっかり2倍の二人へ増えており。
地面へと無理から座り込ませたような格好で伏せさせた相手を、
頼もしい腕にて見事に羽交い締めしていたのが、

 「坊さ…じゃねぇ、ゾロっ。」
 「よお、奇遇だね親分さん。」

いや、これはさすがに“奇遇”じゃなかろうよと。
墨染めの衣紋をまとった精悍なお兄さんへと駆け寄れば、

 「何、こやつが罰当たりにも、匕首構えて駆け出したもんだから。
  そいつぁ危なかろと引き留めただけなんですがね。」

後でのお調べで判ったのが、
何と、結構有名な盗っ人一味の下見役。
この神無月の半ばほど、月も隠れる新月の晩に、
大店へ押し込むつもりだったその下調べ。
どこの庇の陰がどう落ちるのか、夜回りはどの方向にいつ来るかを、
細かく調べていたその最中に、ルフィ親分がたまさか通りがかっての、
しかも隠れた彼に気づいたとあって。
とっとと行っちまってくれりゃあよかったのにと、
少しでも怪しまれては墓穴に成りかねぬ…のを恐れてのこと、
口封じにと飛び掛かりかけたのだそうな。

 『岡っ引き相手に、とんでもねぇ奴だな。』

奉行所の面々も思い切りの方向性の大胆さに呆れ半分、
またもやお手柄だった、麦ワラの親分さんへと称賛しきりだったそうだが。
捕縄をかけたそやつを牢屋へ引き渡しにと、
誰かさんが番屋までを一緒について来てくれたことの方が、
よほどに嬉しかったらしい親分さんで。


  なあなあ坊様、療養所の裏の百花苑で、
  今ちょうど菊や秋桜が次々咲いてんだと。

  そうっすか。
  だったら、眼福目当てに観に行っとかなきゃですかね。

  おうさ、寿命が延びること請け合いだって、
  チョッパーが言ってたぞ。

  あのお手伝いの骸骨さんは?

  勿論のこと、勧めてる。
  正体バラせないのが残念だって。
  骨になっても長生きの自分が言ってるんだから間違いないって、
  そんな風に宣伝出来るのにって。

  でもそりゃあ、本末転倒なんじゃあ……?


何てな会話を弾ませつつ、
月光に照らされ、色濃く伸びている陰を追い追い、歩く道。
少々冷えたとくっつけば、
坊様の身が“おやや”と少し強ばったのは…
今更十手持ちがおっかなかったのかなぁなんて。
こそりと間の抜けたこと、案じた親分さんだったのは、
お月様とだけの内緒だそうです。どかよろしくvv






   〜Fine〜  11.10.04.


  *ちなみに、菊といえば 10月5日は“重陽の節句”で、
   今年の“十三夜”は9日だそうです。
   連休のただ中ですね、晴れたらいいですねvv

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